ひかり幼稚園Q&A

ひかり幼稚園は英才教育の幼稚園だと聞きましたが?
選ばれた子供だけがひかり幼稚園に入園してくるのではありません。特に心身に大きな障害がなければだれでもひかり幼稚園の園児になることができます。どんな子供でも育て方一つで素晴らしい能力の持ち主になれるのです。一般的には、英才教育が小数の選ばれた子供達が特殊な教育を受けるという印象をもたれる方が多いのではないかと思いますが、決してそうではありません。「より良い指導者によって」「より正しい指導法で」「より多い訓練を」行えばどんな子供でも立派に英才といわれるようになることができるのです。
ひかり幼稚園では、漢字を始めとして文字や数の指導をかなり行っているということですが?
人間は、物事を考えるときには、ことばで考えるのです。心の中で、あれをこうして、これはこうなってというようなことはすべて心の中で『内言』によって考えられるのです。ことばが増えれば、考えも豊かになり、人間にとって基本的で重要な思考力や理解力といった能力も身についてくるのです。特に漢字には、表意文字という一大特性があり、幼児にとっては、興味関心に応じて非常に覚えやすい文字なのです。漢字によって、同じ偏や旁のものを分類集合したりする能力やほかの漢字から読みや意味を類推したりする力も自然と身につき、文字に対する興味や関心が益々増していきます。「数」の概念は、生活の中で自然に身につくものではなく、正しい指導の下で獲得していくものです。数唱や重さや距離や位置関係など様々な角度から指導されるべきもので、これらも人間にとっては、当たり前の、当然獲得しなければならない基本的な事柄です。人間にとって重要なことは、幼児だからとか、まだ小さいからもっと先になってから教えればよいというものではなく「より早い時期から」「より良い環境」のもとで指導されるべきだと考えます。幼児でも習得可能なことは事実です。
意味の分からない漢詩や論語などを覚えていますが、何のために行っているのですか?
意味そのものよりも、記憶力や吸収力の素晴らしい幼児期に、さらにそれらの能力を伸ばしてあげるべきではないでしょうか。どうせ覚えるのなら、多くの人の選択に耐えた古典が素晴らしい暗唱教材として適当だと思います。これら古典のユニークな発音やイントネーションは、幼児が喜んで真似をするものです。面白がって真似をしているうちに自然に憶えていってしまいます。論語には歴史を越えた有益な教えが沢山含まれていますので子供達が将来生きて行く上で貴重な主針となってくれることと思います。決断を下す際の教えとして、また論理性を養う意味でもとてもいい教材です。漢詩、俳句、百人一首などは言葉による芸術的な表現が多々見られます。美的価値観など情操の養成にも役立ちます。古くから人口に膾炙した古典を以上のような意味でどしどし与えています。
ひかり幼稚園では、つめこみ教育が行われていると聞きましたが。
いわゆる「つめこみ教育」というのは、有名な学校に入る受験のためのつめこみという意味で使われると思います。勉めて、強いてやるものだから勉強というのだそうですが、園児さんの様子を見ているといやいやしているというよりも楽しんでやっています。園児は嫌なものは、何としてもしません。無理してさせようとするといろいろな悪影響が出てきます。嫌いなもの、嫌なことは、絶対にしません。幼稚園では受験のためのつめこみではなく、あくまで考える教材をたくさん与えて将来思考力、理解力のある子供に育つことを願って指導しています。
クラスの中でいわゆる『おちこぼれ』は、いますか?またそういう子の個人指導はどの様になさっていますか?
子供によって興味関心がそれぞれ違いますからそれぞれ伸びる方向が違ってくると思います。文字にまったく興味を示さない子、絵を描かない子、歌を歌わない子、運動の嫌いな子、様々です。そのような子供達に強制的にやらせるということはしません。ただ動機づけや働き掛けは出来るだけしますが、実際に行うのは子供自身です。諺に「馬を水辺に連れて行くことは出来るが、水を飲ませることは出来ない」とありますが、指導においても同じことが言えます。一人一人が自分の得意分野で伸びてゆくことを期待しています。『おちこぼれ』という見方は、その子供の良くない点から、また周りの人達がこうあってほしいということから出てくるのでしょうが、もっとその子の他の良い点(必ずあります)を発見してその方面を伸ばしてあげることのほうがより大切だと思います。個人指導は、先生方が忙しい中、時間を作って行っています。
教室での授業を見ていると目まぐるしいのですが、授業のテンポが早すぎるのではないでしょうか?
幼児は身の回りのものに対する興味や関心が強く常にきょろきょろそわそわしているものです。わいわいがやがやちょこまかちょこまかしているのが幼児で、おとなしくじーっとしていたり静かに動かないでいたとしたら、どこか具合が悪いのではないかと疑わなければなりません。ひとつには、幼児の心臓が体に比してその力が弱く、体中に十分血液が送られないことによるわけですが、いずれにしても四六時中常に動き回っているのが素晴らしいのです。そのような幼児に、ゆっくりとした大人のペースで保育を進めたらうまく行きません。じっとしていなさい、静かにしなさいというのは大人の感覚で幼児を見ているからで、幼児にとっては実は辛いことなのです。常に動き回っているから何もかも回転が良くなってスムーズにいくのです。そうした幼児に合わせた授業をしているだけでやみくもにスピードアップしているわけではありません。
幼稚園でいろいろなことをすると小学校の授業で「知ってる!知ってる!」といばったり授業内容を馬鹿にしたりして、先生を困らせるのではないでしょうか?学校に上がってから新鮮な気持ちで授業に取り組めないのではないでしょうか?
自分の知っていることが先生の口から語られることは、本当は喜びとなるはずです。だから予習ということに意義があるのです。既に知っているということが学習意欲を強めるものであって、もしもそれが学習意欲を弱める恐れがあるとしたら、予習が尊ばれるわけがありません。いろいろなことを知っている、出来るということで学校の先生に嫌われることはないはずです。知っている、出来るという優越感を持って、他を見下し、授業中勝手気侭な振舞いをするから、先生に叱られたりするのでしょう。できても、謙虚で慎み深く、思いやりのある子供だったら、どうして嫌われることがありますか。しっていることと馬鹿にすることは別のものです。また、知っていること、出来ることなど得意なことはだれでも飽きずに取り組むはずです。繰り返しを飽きずにするから能力として身につくのであって、幼少期はこの繰り返しを飽きずにやるものです。大人ですと同じ事をするとマンネリにおちいりますが、子供はむしろ繰り返しを喜びます。
ひかり幼稚園を卒業した子供達は、小学校へ行くようになると落ち着きがなく、伸びないということも耳にしますが?
ひかり幼稚園は、小学校のことを考えて教育しているのではなく、幼児期に伸ばすことの出来る能力にウエイトをおいて、幼児に適した方法で指導しています。小学校ではおのずと先生方の経験や研究に基づいて授業が展開されるわけです。同じ教育方針の下で教育しているわけではないのでどうしても方法や進め方が違ってくるのは当たり前です。では、幼稚園では、小学校に合わせた保育、例えば年長くらいになったら30分くらいの教科的指導にすべきでしょうか。躍動感に溢れた、動きたくてうずうずしている子供を小学校へ行くと40分授業になるからじっとしていなさいということでしょうか。30分でも40分でも子供達が目を輝かせて保育や授業に取り組むことを目標にすべきだと考えます。卒業してからは、本をたくさん読むことと絵日記を書くことを続けるようにいって送り出しています。ひかり幼稚園を卒業したから伸びないというのは的を得ていないと思います。幼稚園でいろいろなことを学んだので将来は、伸びないというのでしたら、幼児期にはなるべく何もさせないで放っておけばよいということになります。
ひかり幼稚園はカリキュラムが多過ぎて先生や子供達にゆとりや余裕がないように思えますが?
幼児期になるべく多くのことを指導したり体験させたいという願いは、世の親や教師の願いであると思います。では、ゆとりや余裕があるから多くのことが出来るのでしょうか。時間がたくさんあれば出来るというものでしょうか。よく『最も急ぐ仕事は、一番忙しい人にお願いしなさい。』といわれます。時間がないからそれをうまく最大限に活用しようということになるのではないでしょうか。やり繰りがだんだん上手になるのではないでしょうか。また、子供達が遊んでいる姿をみて余裕やゆとりがあるというのでしょうか。遊びに熱中しているすがったを余裕をみるでしょうか。常に忙しそうに動き回る幼児に対して大人のペースで余裕をもって指導にあたったらどういうことになるのでしょうか。「静かにしなさい」「じっとしていなさい」「うるさいわよ」等が口癖になるのではないでしょうか。子供に休みはありません。休みは寝ているときだけです。起きているときは、絶えることのない躍動感、活動に満ち満ちているのが素晴らしい子供なのです。そんな子供達には指導者にやる気さえあればたくさんのことが指導できるのです。
子供達は一年中裸にさせるのですか?
真冬の寒いときこそ効果があるのです。暖かいときだけ裸になっても心身共に丈夫になりません。寒いけれど裸になって元気に遊ぶんだ、頑張るんだというその気持ちが子供達の体を本当に健康にしていくのです。幼児の場合心身の相関が非常に高く、精神的なものでいかようにもなります。「大丈夫よ」「強いわね」といったことば掛けでその意気込みまでも幼児自身の心の中に入って自分のものとするのです。年長さんくらいになると風邪を全然ひかなくなった、ひいてもとても軽く済んだり、速く治ったりするようになったという声が多いようです。喘息が治った、しょっちゅう熱を出していたのがぴたっと出さなくなったという方もいらっしゃいました。「裸にさせる」とありますが、無理やりにシャツをぬがすということはしません。あくまで子供達の自主性に任せていますが、園全体では裸になることを推奨していますので、少々寒くても子供達は直ぐ裸になってしまいます。無理やり裸にすると病気になってしまいますが、自分から積極的に裸になって元気良く遊ぶことで心身共にたくましい子供に成長していきます。
人体に有害な紫外線を浴びると健康に良くないのではないでしょうか?
近年フロンガスの乱用によるオゾン層の破壊が問題になり、比較的害の少ない紫外線意外に、有害な紫外線が混じる可能性が出てきたため(実際に高緯度地方では始まっているわけですが)太陽光と皮膚癌の問題が急に浮上してきたものと思います。紫外線といってもその波長によって色々な性質を持っており、昔から地上に降り注いでいる紫外線と、皮膚癌を発生させると言われている紫外線とは別物と考えた方がいいのです。ですから、日本の太陽光線による通常の日焼けによって皮膚癌が発生すると考えるのはまだちょっと早計であろうと考えます。只、必要以上に光線にさらすことは避けたほうが良いと思いますが、海水浴やスキーによる日焼け程度では心配ないものと思います。もし裸教育もできないような事態になったなら、外出時は顔も覆わなければならないでしょうし、手袋も必要になるはすです。皮膚癌の危険性は、背中やおなかの皮膚だけの問題ではないからです。
講師の方がたくさんいると聞きましたが?
英語は、英国マンチェスター大学出身でパリなどで英語を教えた経験のあるロザリンド・ブラウン先生、体育は(株)ジャクパの男性の先生が指導にあたります。出来るかぎり本物の色々な活動を体験させたいと考えています。
子供達が自由に遊ぶ時間はあるのですか?
徒歩通園の子供達やスクールバスの早いコースの子供達は朝幼稚園にきてから朝礼の始まるまで、昼休みは全園児、バスの遅いコースの子供達は帰りのバスを待っている間などに、教室、園庭、ホール、屋上などでそれぞれ自由に遊んでいます。